SAPを導入する企業の多くは海外への販路を持ち、グローバルな商物流のもとに営業している。
この中でSAPコンサルが避けて通れないのが、輸出入に関わる業務ヒアリングや要件定義だ。
貿易業務は複雑であり実務者のレベルで把握することは難しいが、SAPコンサルとして要件定義を進めるためのポイントを押さえた知識や用語を把握をすることが重要となる。
今回はSAPコンサルが押さえておくべき全般的な貿易知識についてまとめる。
貿易全体のフロー、貿易にかかわる業者や場所、貿易取引の条件、各種規制といった事項を中心に解説する。
輸出入プロセスの要件定義に必要な貿易知識まとめ
貿易全体のフロー
貿易取引全体の理解のためには、各登場人物が、どのタイミングでどのような役割を担うのか、時系列で把握することが役立つ。
ここでは信用状(L/C)取引をベースに貿易フローの解説を行う。
・L/C取引とは?
貿易における諸リスクを回避するための決済条件・方法のこと。
貿易取引においては輸送や手続きに時間がかかることから、貨物の引き渡しと支払いにタイムラグがある。輸出者は出荷後すぐには支払いを受けることはできないし、輸入者は貨物を本当に受け取ることができるのかというリスクがある。
商取引の実績が少なく、かつ国外のため相手の信用度も見えにくい状態で、このような取引をするのはリスクが大きい。しかし、本節の貿易フロー(L/C取引がベース)のような手続きを踏むことでこのリスクを回避する。
貿易フローのステップ毎の解説
①引合・受注および製品製造・出荷準備
自社(輸出者)の製品を、取引相手(得意先・輸入者)に売り込みを行ったり、得意先側から引き合いがあるなどして、注文を受ける。注文に基づき製品を製造し、出荷準備を行う。
ここは輸出であれ国内取引であれ、同様のプロセスとなる。
ただ、輸出の場合の特有要件として、外為法に基づく該否判定や取引判定(輸出品の用途)のプロセスを業務フロー上に明記する場合もある。
SAP導入で業務フローを定義する際は、受注に先立って「得意先マスタ登録」の業務フローも定義することとなる。得意先登録では「得意先の信用調査」のプロセスが前提として入るので、これも覚えておくと良い。
・銀行信用照会
・同業者信用照会
・ジェトロの信用格付け
・与信限度の考慮
②輸入者と支払条件合意
輸出者と輸入者の間で、本取引の支払条件(決済条件)を合意する。
今回は信用状条件を前提としたフローとなっている。
まだ取引の実績が浅い相手に輸出する時は信用状条件が適する。
③信用状発行依頼
輸入者は、輸入者自身の取引銀行に対し、「信用状(L/C)」を発行するよう依頼する。
このとき輸入者は信用状取引における「申請者」と呼ばれる。
④信用状発行
輸入者の銀行は「信用状発行銀行(Opening Bank)」となり、輸出者に支払を保証する。
(輸出者は信用状に記載された通りの条件で、書類等を揃えることが必要となる)
⑤輸出者へ通知
輸出地に存在する「通知銀行」は、輸出者に対して信用状の内容を通知する。
⑥信用状確認
輸出者は信用状の内容について確認する。
輸出者が用意すべき書類が、少しでも信用状の記載条件と異なっていた場合、支払いを受けることができないので、入念にチェックする。
輸出者は信用状取引における「受益者」と呼ばれる。
⑦製品出荷
輸出者は製品を自社工場などから出荷する。
出荷した貨物は港湾に届けられ、船積みを行うために引き渡される。
⑧貨物船積
海貨業者は、船積依頼(S/I)に基づいて、港湾に届けられた貨物を船に積んでいく。
ここでは、貨物は輸出通関を行う必要がある。
通関手続きの間、貨物は保税地域に留置される。
NACCSは輸出入・港湾関連情報管理の公的なシステムであり、通関手続きなどを効率化するためのもの。関税などの自動納付にも対応。
個別企業とのEDIによるインターフェースで接続することもできる。
⑨船荷証券発行
船会社は、船積を行った(受け取った)ことを証明する「船荷証券(B/L)」を発行して、輸出者に引き渡す。
船荷証券は貨物との引換証の役割を持つため、非常に重要な貿易書類となる。
⑩船荷証券確認
輸出者は船荷証券(B/L)の内容を確認する。
⑪書類持込、買取依頼
輸出者は、輸出者自身の取引銀行に対して、信用状を添えた「荷為替手形」を持ち込んで、買取を依頼する。
船荷証券(B/L)や商業インボイスを含む各種船積書類を銀行に買い取ってもらう。
B/Lは輸出者の手から離れ、買取銀行に渡される。
ここで、輸出者は貨物の着荷や輸入者の支払いを待たずして、貨物の代金を受け取ることができたことになる。
⑫荷為替手形買取
買取銀行は、信用状に記載されている条件の通りに、輸出者が書類を揃えているかどうかをチェックする。
買い取っても問題がない(書類に引換価値が認められる)と判断した場合、輸出者に支払いを行う。
⑬荷為替手形買取代金支払
信用状発行銀行は、買取銀行に対し、買取銀行が輸出者から荷為替手形を買い取った際の代金を支払う。
信用状発行銀行と買取銀行は、為替取引や信用状の決済について定めた「コルレス契約」を予め結んでいるため、このような形で決済をすることが可能。
⑭B/L・船積書類送付
買取銀行は、信用状発行銀行に対して、買い取ったB/Lなどの船積書類を送付する。
⑮手形代金支払
輸入者は、信用状発行銀行に対して、手形代金を支払う。
⑯B/L・船積書類引渡
信用状発行銀行は、輸入者からの支払いを受けたので、B/Lなどの船積書類を輸入者に引き渡す。
これで各種書類が輸出者から買取銀行、信用状発行銀行を経由して輸入者に渡ったこととなる。
B/Lは輸入者が貨物を受け取るために必要な引換証の役割を持つ。
⑰B/Lを船会社に提示
輸入者は、B/Lを輸入地の船会社に提示する。
その目的は、船会社から荷渡指図書(D/O)の発行を受けるためだ。
D/Oを船舶に提示することで、輸入者は貨物を受け取ることができる。
⑱荷渡指図書発行
船会社は、輸入者が持ち込んだB/Lを確認し、荷渡指図書(D/O)を発行する。
⑲D/Oを船舶に提示
輸入者は、船舶に船会社から発行を受けた荷渡指図書(D/O)を提出する。
⑳貨物引渡
荷渡指図書(D/O)の提出を受けた船舶から、貨物を輸入者に引き渡す。
㉑貨物受領
輸入者は貨物を受け取る。
これで製品が輸出者から遥々、輸入者へ渡ったこととなる。
貿易にかかわる書類
貿易においては多種の書類が登場するが、貨物との交換価値をもつものや保険証券など重要な役割を持つものが多い。
SAPからも出力が必要な帳票類もあり、全般的にどのような書類が存在するのかを把握しておくと貿易のフローを掴みやすい。
貿易にかかわる書類については、以下記事でまとめている。
貿易形態の整理
・直接貿易
直接貿易とは、貿易実務を自社で行う場合の貿易取引のこと。
例えば、メーカーが自社製品を海外に売りたいといった場合には、商社などを経由した方が、貿易実務を自社で担う必要が無く、負担が少なくなる。
(国内商社と取引するだけであれば、貿易ではなく国内取引になるため)
それをせずに、メーカー自身で貿易実務をこなしながら輸出を行うのが直接貿易となる。
・間接貿易
輸出者と輸入者の間で、商社などの仲介者が入り、貿易実務は仲介者が実施する形態の貿易取引のこと。
例えば製造業を営むメーカーなどは、海外への販路確保や貿易実務などを自社で行うよりも、商社に任せてしまった方が良い場合が多い。
仲介者は「貿易実務や仲介を行った分の手数料」および「売値と買値の利ざや」が収益となる。
商社に支払う手数料のことを「口銭」と呼ぶ。
・口銭をはじめとする手数料や仕入諸掛、販売諸掛は、品目の価格決定に影響する。どのような費用項目があるのかの洗い出しは必須。
・三国間貿易
貨物を2国間で輸出・輸入する際に、第三国の仲介がある貿易形態のこと。
一例として、A国からB国に貨物を出荷するとする。
この際、A国の会社が輸出者、B国の会社が輸入者となる。
このとき、A国とB国の会社がダイレクトに受発注を行っているのではなく、C国の会社の仲介のもとに輸出入を行うのが三国間貿易となる。
・C国の会社(仲介者)は、B国の会社(輸入者)から受注。
・C国の会社(仲介者)は、A国の会社(輸出者)に発注。
・貨物はC国を介さず、A国からB国に直送する。
・三国間貿易というワードはSD要件定義でもよく出てくる。登場人物ごとに、上記のどの役割を担っているのかを把握するのがポイント。
貿易にかかわる業者・場所
貿易の全体像を理解する上では、まず登場人物(船会社や乙仲などの業者)および貿易にかかわる「港湾」「保税地域」などの場所について、それぞれの役割を確認しておく必要がある。
これを明確にすることで、それぞれがどう連携して輸出入の業務が流れていくのかを理解しやすくなる。ここでは「貿易にかかわる業者」「貿易にかかわる場所」として、個々の用語・要素を解説する。
貿易にかかわる業者
・海貨業者(海運貨物取扱業者)
港湾において、陸から船への積み込み、船から陸への荷下ろしなど、港湾における物流や手続きを担う業者。港湾運送事業法を根拠として運営されている。
対象業務の例:
・港湾への貨物の引き取り
・貨物の船積み
・貨物の船からの積み下ろし
・倉庫への搬出入
・荷役
・乙仲
海貨業者の旧い呼び方であり、イコールと考えて良い。
1947年に廃止された海運事業法で定めのあった乙種仲立業を略したもの。
旧呼称とはいっても、普通に流通している言葉なので、業務フロー策定の際のヒアリング等ではよく出てくる。
・船会社・海運会社(実運送人)
港湾から港湾への実際の輸送を受け持つ業者であり、自社で船舶を保有している。
キャリア(Carrier)とも呼ぶ。
・通関業者
通関業法に基づき、通関に伴う実際の手続きを代行してくれる。
対象業務の例:
・輸出入の申告
・関税など税金の申告
・フォワーダー(運送貨物取扱業者)
海貨業、通関業、運送業を含め、国際物流全体のコーディネートをする役割を担う業者。
自ら運送手段を保有する場合もあれば、仲介業のみを担っている場合もある。
ただ、海貨業者・乙仲が業務の幅を広げ通関業もやるようになったりした結果、現在ではこれら業者の違いがあいまいになっている。
・信用状発行銀行(Opening Bank)
信用状(L/C)取引を行う際に、支払いの保証する役割を担う銀行。
輸入者の取引銀行が、信用状を発行し、輸出者に(信用状に記載の条件を満たすことで)支払いを保証する。
信用状を開設(Open)するため英語ではOpening Bankとなる。
貿易にかかわる場所
・港湾
船舶の停泊、発着する場所。
また、船への積み込み・積み下ろしを行う場所であり、海貨業者が港湾運送事業法に基づいて物流を担っている。
・保税地域(Bonded Area)/保税倉庫(Bonded Warehouse)
通関手続きを行う間、貨物は保税地域に搬入し一時保管する。
保税地域には様々な機能があり、保管するのみならず貨物の加工や製造を行ったり、展示場としての機能を持つ場合もある。
保税地域の種類と主な機能
引用元:https://www.customs.go.jp/hozei/
東京では京浜港晴海埠頭やお台場埠頭のあたりが保税地域となっており、東京税関やコンテナ検査センターがある。
・コンテナヤード
保税地域でコンテナを一時保管しておくための場所。
コンテナヤードに貨物を置いて良い期間には限りがある。貨物を留置可能な期間をフリータイムと呼ぶ。
フリータイムを超えて引き取られない貨物については「デマレージ(超過保管料)」が科せられる。
また、貨物を引き取った後は、コンテナを返却しなければならず、コンテナ保管場所への返却が遅れると「ディテンション(延滞料)」が科せられる。
・保税地域にある貨物(在庫)をどのような形でシステムに持たせたいかがよく検討ポイントとなる。保税地域に見立てた保管場所を作るかどうか?など。
・デマレージやディテンションなどのワードも業務ヒアリングではよく登場する。コンテナの状況まで含めた在庫管理をSAP上でするか?(ERPでどこまでやるか?)も検討ポイントになりやすい。
・税関
輸出入における関税や消費税を徴収したり、貨物検査を通じ危険な物品の国内への流入を阻止する役割を担う。財務省の中の組織。
貿易の取引条件
インコタームズ
インコタームズとは、ICC(国際商業会議所)が輸出入の際の貿易条件について定めたルールのこと。
インコタームズについては以下記事でまとめている。
決済条件
・信用状付き荷為替手形
上記の貿易フローでも説明した通り、信用状は貿易における諸リスクを回避するための決済条件。
貿易取引においては輸送や手続きに時間がかかることから、貨物の引き渡しと支払いにタイムラグがある。
輸出者は自身の取引銀行に信用状付き荷為替手形を買い取ってもらうことで、船積を行った後のタイミングで代金を回収できる。
決められた支払期日に決められた金額の支払いを約束することで、代金決済する手段であり書類のこと。
・信用状無し荷為替手形
既に商取引の実績の多い信頼関係のある取引先の場合、信用状を用いない決済条件を採用することもできる。
荷為替手形を用いるが信用状の無いものには、D/A手形とD/P手形がある。
⇒輸入者が手形を引き受けた時点で船積書類を引き渡す。
D/P決済(Documents against Payment)「手形支払時書類渡し条件」
⇒輸入者が手形の支払いを行った時点で船積書類を引き渡す。
・外国送金
国内の銀行口座から、海外の銀行口座に対して支払いを行う決済方法のこと。
外国送金のうち、電信送金のことを「Telegraphic Transfer:T/T」と呼ぶ。
貿易にかかわるルール(規制・条約・申告)
安全保障貿易
安全保障貿易とは、国際社会の平和と安全の維持のための枠組みのこと。
外為法を根拠とした各種の輸出規制により、危険な物品輸出や軍事転用可能な物品の輸出管理を行う。
・外為法(外国為替及び外国貿易法)
特定の品目や特定の地域に対する輸出、特定の地域からの輸入などについて、経済産業大臣の許可を必要とさせる法規制。
輸出貿易管理令(貨物の規制)、外国為替令(役務の規制)といったいくつかの政令で構成されている。
違反した場合は刑事罰や企業名の公表などがあり、かなり重い。一方、「納期が差し迫っていたため担当者の判断で手続きせず輸出してしまいました」といったケースもあり、各企業が慎重にならなければならない。
・リスト規制(該否判定)
輸出の際に経済産業大臣の許可が必要となる対象品(仕様)のリストがあり、該当するか否かの判定を行う必要がある。大量破壊兵器への転用を防ぐ。
世界のどこに輸出を行うとしても規制対象となる。
民生品の技術であっても高度化しており、該否判定は慎重さを要する。例えばPlay Station2の発売当初は演算能力が外為法の規定する仕様を超えており大量破壊兵器への転用が懸念されるとして話題になった。
・キャッチオール規制
リスト規制に無い対象品も、その用途や需要者によって規制する。
兵器転用のために使う意図があったり、需要者が兵器の開発を行っている場合に、経済産業大臣の許可が必要となる。
対象地域の定めがあり、グループA(国際的な輸出レジームに従っている国、通称「ホワイト国」)、グループB(軍事関連品の輸出が規制されている国)、グループC(A,B以外の国)で分けられており、許可が必要となる要件に差異がある。
・SAPの輸出ライセンス機能では、ライセンスマスタやボイコットリストを管理できる(このあたり、S/4から色々変わったかも?)。前提としてどのような規制があるかはざっくりと知っておくと役に立つ。
イントラシュタット(Intrastat)
EU域内で貨物がどのように移動したかの統計(Statistic)申告。
貨物の重量や出荷及び着荷の日付、どこからどこへの移動なのか、輸送手段などといった項目の申告が必要となる。
EU域内の貨物の移動は輸出入として扱われないので貿易統計は無いが、その代わりにイントラシュタットがあるイメージ。
・ヨーロッパにおける取引の場合は、EU域内取引なのか域外取引なのかも考慮する必要がある。イギリスは2021年からEUを離脱した。
・イントラシュタットレポートをSAPから出力する機能があり、申告業務に使用できる。
貿易協定
・自由貿易協定:FTA(Free Trade Agreement)
2国間の関税障壁やその他の貿易障壁を撤廃し、経済関係の強化や貿易の自由化を図る協定。
「自由貿易」の反対は「保護貿易」といって、国が貿易に介入し、輸出入数量を制限したり高い関税率をかけたりして自国産業の保護を行うもの。
・経済連携協定:EPA(Economic Partnership Agreement)
自由貿易協定で定める物品や役務の他に、人の移動や投資、知的財産の保護を含めて締結される協定。
原産地により税率が軽くなるEPA原産地規則というものもある。