SIer系企業がヤバいと言われてるのは何故なのか
ところで、「SIerはヤバい」といった言説をここ数年でよく目にするようになった。
SIer系とWeb系企業を比較して、「Web系に就職した方が絶対良いよ!」なんていう話も耳にしますね。
ちなみに、SIer系とWeb系企業との違いはこの記事で解説しています。
【SIer系企業とWeb系企業の違い】IT業界の大前提。知らずに入ると痛い目を見る
先に言っておくと、この記事ではSIer系全体がヤバいと言っているわけではなく、業態や業界の構造上、ブラックになりやすい部分や、難易度が高く大変になりがち部分などについて解説する記事だ。決して「下流工程はヤバいからやめておけ」とか、一側面だけをみて回避を促す意図ではない。下流工程でもやりがい・報酬・安定性・労働時間のバランスを取って仕事することは十分に可能だ。
ブラックな会社や現場に入らなければ、基本的にSIerはお堅い会社が多いので、過度な残業を課せられることはありませんし、簡単にクビになったりもしません。本当に会社によります。
そうだ。「なぜブラックになりやすいのか、なぜ大変なのか」を構造的に理解してどのポジションで働くかを考えなければ、自分に合った働き方を獲得することは出来ない。それでは、SIer系の「やばい」と思うところを解説していく。
多重下請構造~SIer系はここがやばい~
下流工程は外注するため、必ず下請け構造が出来上がる
SIerは大規模システムの構築を顧客から受注する。しかし、顧客から受注を受ける一次受け企業は上流工程やマネジメントのみを担当し、下流工程は外注することになる。これは多重下請構造を生み出す。
なぜ下流工程だけ外注するのでしょうか?
大規模システムを構築するには大量のプログラマーが必要になるが、自社だけでその人員をまかなうことが出来ない。
また、下流工程ほど付加価値が低く、自社で大量にプログラマーを抱えるということは、利益の少ない人員を抱えるということと等しい。よって、自社でプログラミングを担当するメリットが少ないので、プログラム開発を請け負ってくれる外注に投げることとなる。
大手SIerは、優秀な外注を抱え込んだり育成したりすることで、大規模システムを構築するためのストラクチャーを持つわけだ。
なるほど。そうして一次受けから二次受け企業に仕事を流すわけですね。
さらに二次受け企業でも人員をまかなえない場合は、さらに三次受けに仕事を流す。二次受け企業もマージンが欲しいので、さらに低い単価で請け負ってくれるところを探す。
そうして末端の取り分がどんどん少なくなると……。
そうだ。これは建設業界とよく似ている。建設業界も、非常に大きな構造物を数年のスパンで建築するので、多数の工員や外部技術が必要になる。
末端では雀の涙ほどの利益しか残らないですよね。
多重下請けの末端でも、利益が出る限りは事業として成り立つ。若い労働者や外国人労働者を使うなどしてコストカットし、利益を確保していることもある。
また、中小企業であっても大規模案件に関わって自社の実績とすることができるなど、下請側にもメリットは色々あるのだ。
それでもやはり、末端労働者個人にはあまり美味しくないと思うのですが……。
たしかにIT分野で高単価案件を請けてバリバリやりたい人には、下流工程でひたすらコードを書いているポジションは向いていない。
しかし、基本的には設計者の指示に基づいてコードを書く仕事であり、自ら考えて臨機応変に動く能力は期待されないので、淡々と仕事をしたい人には向いているポジションだ。ブラックな現場にさえ入らなければ残業も少ないし、スケジュール通りに作業を進めていれば文句も言われない。
なるほど。しかし、例えばぼくみたいにSIer系企業に入って淡々とプログラミングをしていたけれど、やっぱりお金が稼げる仕事をしたいと思いはじめた場合はどうすればいいんでしょうか。
「下請け構造の中でも高単価を取りに行く方法」も存在する。
三次受けあたりの企業であっても、普通に上流工程を担当することもある。①一次受けにない技術やスキルを持っていたり、②ニッチな分野の要件定義が出来たり、③あるいはシンプルに個人の能力が高ければ、下請企業に居ても十分な単価を得ることが出来るからだ。
また、今プログラマーをやっている人でも、プロジェクトに入って自力で上流工程を勉強することで高単価を取りに行くことも十分できる。
なるほど、大人しく淡々とプログラミングだけやっていればいい、と控えめに過ごさなくても良いわけですね。
下請でもITコンサルとして一次受け企業に人員を提案すれば、上流工程を担当することはできる。あるいは、個人的にチャネルを持っているならばフリーランスになっても良い。
実力、とくに特殊なスキルがあれば有利だ。たとえば、日本のSIerで海外や外資系案件を取りたい場合、英語が出来る人員が少ないので、実力のあるバイリンガルのITコンサルは重宝され、即採用だ。そこまでいけば、200万とか300万を超える単価の見積書を目にすることもあるぞ。
ひ、ひええっ。どんだけ高いんですか。
まだまだこの程度で驚いてはいけない。上流工程は青天井だ。コンサルティングファームなんかは、自身のブランドでさらに高い単価を吹っ掛けるぞ。
うーん、上と下の差が激しい……。かたやピラミッドのトップ、かたや多重下請けの末端……。
プログラミングや下流工程を経験すること自体は悪くないが、こういった業界構造はしっかり知った方がいいな。
上流・下流という区分けに、身分制度のような不公平さを感じるのですか……。
上流工程(ITコンサル、SE)・下流工程(PG)という呼称を身分制度になぞらえて、SIerの業態を論じる人も居るが、それは必ずしも実態を表していない。下流工程だからと言って給料が低いわけでもなければ、上流工程は働かずして多額の金を得ているわけでもないのだ。
多重下請構造の下側だけを論じても、片手落ちで意味がない。次は上流工程についても詳しく解説し、なぜ上流ほど単価が高いのかといった点も見ていこう。
上流工程の悲哀。上に行くほど神経をすり減らす。
SIer系は下流・プログラマーにばかり負担が行くようなイメージだが、実はそうではなく、上流工程のコンサルやSEも、結構顧客とすったもんだをしなければならない。相当神経をすり減らす仕事でもある。
あまり上流工程の事情は知らないんですが、なぜそうなるのでしょう?
なぜ顧客とのすったもんだが起きるのか?それは、ウォーターフォールモデルにおいては一度決まった要件は動かさない決まりだが、顧客というのは割と簡単に要件を変更するからだ。
えー。手戻りが発生してしまいますね。
これはウォーターフォールモデルである以上、どうしても発生してしまう。システムの影も形もない段階でシステムベンダーへの要件、つまり「To-be」を出さなければいけないので、検討を進めるうちに目指すところが変わったりもする。また、顧客企業からは自社業務に詳しい人が要件定義フェーズにアサインされるのだが、その人も自社のすべてを把握しているわけではないので、要件提示漏れもよくある。
まあ、物が出来あがってないうちは、すべては仮説に過ぎないですからね。作ってみないと「本当に欲しかったもの」ってわからなかったりしますね。
パッケージソフトなんかでは、顧客に最低限ざっくり動くものでデモンストレーションを行う「プロト」を活用して要件定義を進める場合もある。
パッケージではなくイチから開発だとそれも難しいですね。
だからこそ上流工程担当者の、ビジネスに対する知見や、経営者が何を求めて発注したかを理解する能力が問われるわけだ。抜けもれなく要件を聞き出すスキルが求められる。もっと言うと、要件変更があった場合、それは上流工程担当者の要件把握漏れなのか、顧客が提示しなかった要件なのかで、よく揉める。
お客さんの業務なんて、SIerに詳細は分かりませんから、難しいですね。
さらに、要件変更があった場合は、後続の工程にも影響する。プログラムの開発が進んでいる場合は、仕様がひっくり返ってしまうこともある。納期をずらせる場合は幸福だが、無理な場合が多い。カットオーバーは年末年始やお盆などの長期休暇を使うことが多いので、その遅延のせいで本番化が半年伸びたなどという事態も普通に発生しうるからだ。
そうなると、間に合わせるために残業するとか追加人員投入するとかって対応になりますね。
そうだな。なので、顧客に追加予算を出してもらう必要があるが、ベンダー側起因の要件漏れだとそれはかなり難しい。そして顧客はだいたい旗色が悪そうでもベンダー起因にしたがる。だからそこに、非常にタフな交渉が生まれるし、そもそも上流工程担当者はその事態を恐れて、常日頃から細心の注意で合意事項を委細漏らさず記録・共有したりする。まあ、それでも見落としは出るんだがな。
お客さん側も、ちゃんと予算を出して欲しいですが。
顧客側担当者もサラリーマンである以上、上司がいて、予算管理をしている上層部が居るからな。追加予算が発生したとなると、当然上から激烈な指摘が来るわけだ。追加予算なんてそう簡単には出ない。
なるほど。お客さん側だってそういう事情がありますよね。
上流工程担当者は、顧客側のそういった事情も理解しつつ、良好な協力関係の下で、前向きに折り合う点を探すという交渉をしなければならない。顧客の要件変更をすべて聞いていたら、PGをどんなに投入して休日出勤させても、カットオーバーには間に合わないからだ。
上流工程も大変なんですねー。
「SIer業界は上流と下流の身分制度が存在するから入るな」という論調も一概には否定できない。だが、それだけでは実態を説明しきれていないのも事実だ。上流工程や下流工程といった概念の存在は、SIer業界内にも多様な働き方があるということを示唆している。その中から自分に合ったポジションを選べばいいということだ。
ブラックSESだけには気を付けろ
出た、悪名高きブラックSES。
SES(System Engineering Service)というのはプロジェクトの期間中に、人員を派遣し客先常駐させて、システムの開発や保守運用を担当させる業態だ。SES自体はプロジェクトを回すうえで必要だし、ありふれたものだ。しかし、SESの中にブラックな企業が散見されるのも事実だ。私はこれをブラックSESと呼んで、通常のSESとは区別する。
客先常駐には、優良な中堅・中小SIerから客先に派遣されて構築作業を担う場合と、何の技術も無いブラックなSESから派遣されて開発作業ですらない雑務をやらされたりする場合がある。
単なる人売りになっているところがありますよね。技術が無いので、開発には絡めません。特に技術の要らない定型作業(システムの監視作業やログ取り)や、保守フェーズなんかではユーザーからの問合せの一次対応(ヘルプデスク)などをやらされます。
ヘルプデスクはあくまで一次対応なので、マニュアル外の問合せは、すぐに専門チームにエスカレーションをする決まりだ。専門チームとは、その会社のシステム保守を請け負っているSIerだ。この対応をしていると、ヘルプデスク担当者には深い技術的知見は一切溜まっていかない。
自社に技術が無いので、教育も出来ないですしね。そういう人はプロジェクトに入るとよく見ます。
ブラックなSES会社は、案件の内容などを精査せず受注してしまい、システム業界のお作法どころか右も左もわからない素人をアサインするということもある。当然、仕事が出来ないか大量の調べ物をしながら進めることになるので、長時間労働は避けられない。それでも十分な作業品質が確保できないので、顧客からも叱られながら仕事をすることになる。
入るならきちんとシステムの知見があるところでないといけませんね
IT業界に就職を考えている場合、IT系の皮を被った単なるブラックな派遣会社ではないか、よく見極める必要がある。とくに自身に技術がない状態で入るのは危険だ。
どんなSIer企業に入れば良いのか
結局、どんなSIerになら入っても良いんでしょう。転職が怖くなるばかりですが。
まあ、入るなら一次受けの大手SIerだな。
日立製作所とか、富士通とか、NECとかですよね?
そんな大企業、ぼくには無理です……。
最初からあきらめるのもどうかとは思うが、まあそう簡単に大手SIerに入ることは難しいのも事実だ。
SIerに転職や就職をするなら、大手SIerの面接も受けつつ、その子会社なども狙っていくのも一つの手だ。
子会社ですか?例えばどんなところがあるでしょうか。
SIerはよく、製造業などのメーカーと合弁でIT子会社を作ることがある。
それぞれの業界知識を拾い上げて、システム構築のノウハウに組み込むためだ。
例えばペンちゃんが挙げてくれた企業名に加えて、
「メーカー 合弁 IT」
で検索してみると良い。具体的な企業名は挙げないが、製薬、食品、鉄鋼会社との合弁でIT子会社を作っているのがわかる。
おお、なるほど。共同出資で作ってるIT子会社ですか。
そうだ。そして、以下のような狙いをもって、こうした会社に入ることは有効なキャリア形成につながる。
・特定業界の専門知識とシステム構築ノウハウの統合を目的とした会社なので、 特定業界内での要件定義(上流工程)の仕事を担うことが多い。
・主な仕事はメーカー親会社のシステム保守だが、大規模システム刷新の際は 必ずIT子会社が絡むので、SIer技術者としての経験の場が数多くある。
・業界専門知識を活かし、同業界の別メーカーへのシステム導入提案をする場合もあり、 上流工程を担当できるチャンスがある。 SIer親会社からの案件紹介もあるし、自分から営業をかける場合もある。
・大手SIerと大手メーカーの合弁なので、両方が傾かなければ、ほぼ倒産はありえない。 安定して働きたい場合にも良い選択となる。
面接などで、上流工程をどの程度担当することがあるのかを質問し、自分にとって必要なチャンスをつかめそうか、見極めると良いだろう。
大手2社の合弁であれば、業界再編の波が来るまでは安定して働けそうですね。
そうだな。そして重要なのは、安定しているうちに必要な勉強を行って、上流工程を担当できるだけの下地を作ることだ。上流工程を担うための素養として重要なポイントを、以下の記事で解説してある。
わかりました。下流工程で残業ばかり、この環境を抜け出して高単価案件を獲得したい、というぼくみたいな状況であれば、有効な選択ですね。
その通り。そしてどのような業界に入っても、上流やマネジメントに行くために非常に有効なのが資格勉強であり、とくに中小企業診断士資格の勉強がおススメだ。中小企業診断士については以下の記事にて何故重要なのかを解説している。
<おススメ資格>中小企業診断士ってどんな資格?得るものはなに?
上流工程に行くために勉強は欠かせませんね。ぼくも頑張ってみたいと思います。
それでは今回はここまでにしよう。
ありがとうございました。