「客先常駐はやめておけ」という話をよく聞くのではないだろうか。
客先常駐はブラックだとか、キャリアアップできないとか言われることもある。
「SIer やばい」で検索するとそんな記事もよくヒットしますよね。
客先常駐は本当に回避すべき働き方なのか?
今回は客先常駐の実態について、客先常駐歴10年の筆者の観点を交えて解説していく。
まず、客先常駐とはどういうものか
まず、なぜ「客先常駐」が発生するのかを説明する。
SIerは顧客先に大規模なシステムを納入する。
そういったシステムの導入には、まず顧客が必要としているシステムの要件ヒアリングや、現在(As-is)の業務の流れを分析し、システム導入後のあるべき(To-be)業務の姿を描いていくことが必要となる。
顧客業務や業態への理解が不可欠であり、当然、顧客との密接なかかわりあいや、きめ細かな対応が必要となってくる。
そうなってくると、当然メールや電話では仕事は進められませんから、顧客先のオフィスに一定期間(数年)出向いて、顧客先で仕事をするということになりますよね。
それが「客先常駐」というものだ。
構築プロジェクトのあらゆるフェーズにおいて、何か問題があった時や、情報共有が必要な時、顧客先に居て顧客とともに仕事をしていれば、すぐに確認したり会議を行ったりすることが出来る。
また、構築が終わった後の保守フェーズにおいても、保守を行うための人員を顧客先に常駐させて、何かあった際にはすぐに対応可能にしておく。
客先常駐ってブラックだという話をたまに聞きますが、一般的にあまり良いイメージが無いですよね?
たしかに、自社内開発と比較されて、客先常駐はブラックな部分が際立って説明されることも多い。
しかしながらSIerのシステム導入や保守においては、客先常駐というのはありふれたものでもある。
今回は、客先常駐のメリット・デメリットについて整理していこう。
客先常駐という働き方
メリットについて
まず、客先常駐にはメリットもあるんだということを強調しておこう。
客先常駐の働き方は、以下のような点が良い点として挙げられる。
【本社から離れている】というメリット
①本社の監視が薄い所で仕事をしているので、心理的な解放感がある
②現場の裁量で働けるので、自立心が芽生える
本社にいると、先輩や上司、そのまた上司が居たりして、わりとしがらみも多く、息が詰まるという技術者も結構いる。
長いこと客先常駐をしている技術者なんかは、客先の方が気楽だと感じる人も多いのではないだろうか。客先ではチーム単位で派遣される、あるいは単独で派遣される場合もあり、自社のしがらみからは解放される。
なるほど。しかし、常にお客さんが近くに居ては、緊張しないのでしょうか。
厳しいことを言ってくる顧客だと気が休まらないが、基本的に顧客は顧客なので、こちらへの指揮命令権は無い。
お金を払っている範囲内での要望なら出せるが、無理な命令をすることは出来ないし、普通にやっていればクレームを出されることもない。また、クレームになった事例とて、ベンダー側に全ての非があるわけではないことも多い。
顧客先だからといって、無駄に緊張する必要はないのだ。
なるほど、最低限の礼節さえあれば、あとは慣れですね。
客先常駐では、本社の手厚い支援がない代わりに、自分たちの力で現場を回しているという自負心・自立心も芽生える。他力ではない働き方をすることは人材価値を高めることにつながるし、例えばフリーランスになって働くなどの下準備としても活用できる。
自力で何とか課題を解決していくっていう姿勢は大事ですよね。
ぼくもそういう働き方を心掛けたいんですが、なかなか指示待ちになってしまうことも多いです……。
指示待ち人間にとっては、客先常駐という環境は少し厳しいかもしれないな。リソースが限られているチーム内では、一人一人が気付いて動くことが求められる。プロサッカーチームのように各員が考えて動くようなものを想像してもらえればいいと思う。一人でも指示待ちでフィールドに突っ立っていたら、味方から総スカンを食らうだろう。
うーむ、向き不向きがありそうですね。
更に、他のメリットも紹介しよう。
客先常駐では、「顧客先である」ということそのものがメリットとなりうる。
【顧客先であるという点】そのものがメリット
①顧客と直接会話し業務を進める経験を得る
②客先の文化や業務を近くで見れるので勉強になる
まず、顧客先という環境なので、顧客と密に関わりながら仕事をすることになる。
要件定義などの工程においては、顧客の担当者やマネージャークラスと会話しながら仕事を進めることになる。
顧客先に居るのは、顧客と密に情報共有やすり合わせをするためですから、当然顧客と話すことが多くなりますね。
その通り。顧客は当然、これから新規導入するシステムの事などは全く知らないので、顧客相手にシステムのことを分かりやすく説明する能力が必要となる。
SIer側も、顧客の業務の実態は知らない。予め顧客業務に係る知識を得ておくことも必要で、例えば経理システムを導入するような場合は最低限、簿記二級程度の知識を得ていないと話にならないだろう。
そういった中から、顧客の言っていることをよく理解し、整理し、分析し、時にはTo-beの業務について助言しながら成果物を作り上げていく。
お客さんの真正面に立ってする仕事なんですね。
このようにベンダーと顧客が密に協力して仕事を進めていくのは、まさに「答えのない課題」に取り組むことであって、業務知識も技術力も必要となる非常に頭を使う仕事だ。
こうした仕事を経験できるというのが、客先常駐の最も大きなメリットだと考えている。
そのなかで顧客業務への深い理解を示し、顧客から情報を受け取るだけではなく、時に的確な助言も出来るようになれば、顧客から認められる技術者となるわけだ。
他社の人とそうやって一つのプロジェクトを進めるのは、大変ですけど醍醐味のある仕事ですよね。
配属される導入プロジェクトによっては、自動車業界であったり、金融業界であったり、化学業界であったり、顧客先も様々だ。
それぞれの業界特性を、客先という最も近い場所で勉強できる。
そういったプロジェクト経験を通じ、ある業界へのシステム導入に特化したスキルを身に着ける、というのも立派なキャリアパスの一つとなっている。
特定業界の顧客業務を知っているなど、特化したスキルがあると単価も高くなりますよね。自動車業界とかサービス業界とかいった「業界」単位では、今後数十年は消えることはないですから、スキル特化しても陳腐化するリスクは低いです。
メリットを享受できないケース
しかしながら、どのような立場でプロジェクトに参画するかによって、このメリットを享受できる場合とできない場合が発生する。
どんな立場でプロジェクトに参画するか、ですか。
今紹介したような、顧客の正面に立って働くというのは、SIer業界における上流工程の働き方だ。SIer業界というのは担当する仕事によって上流、下流というのが分かれている。
①上流は顧客業務を理解し要件定義を行う担当で、ITコンサルやSEが第一の立場だ。
②下流というのは、上流担当者から渡された設計書に基づいて実装を行うPGという第二の立場だ。
③そしてさらに、上流・下流の枠外にある「非技術職」とでもいうべき第三の立場が存在する。
非技術職というと、特に技術の要らない定型作業(システムの監視作業やログ取り)や、保守フェーズなんかではユーザーからの問合せの一次対応(ヘルプデスク)などをやらされる人々のことですね。
SESと言って、プロジェクト期間中にシステムエンジニアリングサービスとして技術職を派遣する会社から参画している人々ですが、実態としては派遣元に技術力がなく、専門的・技術的な対応が出来ないので、定型作業や問合せの振り分け対応などをやらされます。
現在、IT業界は人手不足で単価が上がっているので、そういった技術者とはいえない素人同然の人員を派遣して利益だけ得ようとするブラックなSES企業が居る。派遣元は仕事内容の精査などはしていないし、当然作業品質は低くなるので、顧客からは不満が出る。
なるほど、そういった非技術職に該当する人々は、そもそも上流工程の仕事には触れませんし、客先常駐で時間と体力を消耗するだけですね……。
技術職であれば、PGであっても望めば上流工程を間近でみて勉強することも出来る。技術的下地があるので、論理的に顧客業務を理解したり、業務関連知識を得れば上流工程に行くことも可能だ。
だが非技術職である場合は、顧客と協業して何かを作り上げる経験というものが得られず、客先常駐のメリットを享受することが出来ない。
IT業界やSIerでキャリアアップしたければ、そういった業態の会社には入ってはいけませんね。
技術職の仕事じゃないと、手に職なんて絶対につきません。
今後は、付加価値の低い領域を担当する人は、外国の安い労働力に代替されていくのではないでしょうか。
そうなる日も近いと予測できる。まあ、もともと技術力のある人が、あえてゆるくヘルプデスク業務をやるという選択肢も無いわけではないし、体制が整備されていればパートタイムなどの働き方にも向いてはいる。だが、いずれにしてもブラックSESにだけは気を付けよう。
さて、次はデメリットについて解説していこう。
デメリットについて
客先常駐の働き方は、以下のような点が悪い点として挙げられる。
本社から離れていることのデメリット
①本社の事務手続き(書類提出、部内面談など)の際は、いちいち戻らないといけない
②援軍が来ないことがある
あー、事務手続きをいちいち戻ってやるのは面倒ですよね……。
プロジェクトの計画には、そういった事務手続きの工数なんか自社都合だから考慮してないこともありますし、なんなら自社の事務員もプロジェクトの状況なんて知ったこっちゃないので、「早く書類出せ」なんてせっつかれたりしますね。
まあ、そういうことも自社との心理的な隔たりが出来て、帰属意識が薄れる原因ともなりうる。
「援軍が来ないことがある」っていうのは、どういうことでしょうか。
客先常駐しているチームは、対応リソースが限られている。そのチームだけで業務を回さなければならない。
なにかシステム導入や保守で課題が出たとき、工数やスキルが足りず増員が必要になるときがある。
しかし、顧客が増員(追加支払)に応じない、自社が状況を把握していないなどで、援軍が来ずに孤軍奮闘する状況に陥る。
これは客先常駐がブラック化するパターンの一つだ。
なるほど……。
特に「自社が状況を把握していない」というのは、客先常駐という働き方の構造的問題でもある。
どういうことでしょうか?
例えばこんな具合だ。
ペンちゃんが客先に居て、リソース不足に陥ったとしよう。案件や課題が多く出てきたせいで、徐々にスキルも人員も足りない状況に追い込まれた結果、対応不備などが出て顧客の不満がたまり、現場担当であるペンちゃんが会議室に呼び出しを受けてクレームをぶつけられたとしよう。
うわあ、あまり想像したくないシチュエーションです……。
まあ、これで病む人は少なくないからな。
話を続けよう。そのような二進も三進もいかなくなった状況で、ペンちゃんはどう対応したらいいだろうか。
そりゃあ、本社に援軍を頼むしかありませんが……。
常識的にはそういう回答になるだろう。「本社に相談すればいい」と。
しかしながら、実際に現場にいて難局に直面すると、じつはこれがかなり難しいのだ。
とくに、まじめな人ほど難しい傾向にある。
難しい局面に立たされると、相談が出来なくなる……?
よく考えてみてほしい。本社というのは現場から遠い所に居るので、そこの上司は特に現場の状況は知らない。
そしてある日、なんだか現場が大変なことになっているという速報が現場リーダーから来る。
本社に居る上司は、より詳しく状況を把握したいため【現場リーダーに詳細かつ納得感のある報告を求める】。
「詳細かつ納得感のある報告」……。
つまり、本社の上司にしても、対応策を考えなければならないが、普段その現場の事など全く知らないので、背景から何から洗い出さないといけない。
どういう経緯でそうなったか、お客からいつどういうことを言われたのか、今どんなことが課題になっているのか、今どんなスキルや工数が何人日足りないのか、今後の予定や見通しを整理して教えてくれ、そうじゃなきゃ俺も判断できない……。
そんなことを言われた現場リーダーはどうなる?
あー……。全く何も把握していない人に、一から状況を説明するのはかなり大変ですよね……。
システムの課題説明なんて結構言語化が大変だったりしますし、具体的な不足工数を見積もったりするのも面倒です。
だって明日どうなるかすらわからない中でなんとかしてるって状況が多いですからね。
援軍を求めるということは、本社から人員を割いてもらうことでもあり、本社の損益圧迫となる。
つまり、協力を引き出すためには、その予算を回すだけの納得感のある説明を上司にしなければならないということでもある。
うわ、面倒くさい。
だって、今めちゃくちゃ忙しいから助けを求めたんですよね?
それなのに、更にタスクが増えてしまっていますよ?
そうだ。しかもそういった説明をしたとしても、援軍が来るとは限らないのだ。
「こういう改善が出来るんじゃないか」「こういう不備はあらかじめ防げるんじゃないか」という、まずは原価をかけない対応検討からのスタートになる。
しかし、現場リーダーの心の声はこうだ。「できるならとっくにやってる」
援軍が来ないってのはこういうことですね……。
現場リーダーにしても、まじめな人ほど自分のミスや能力不足でそういった状況を作り出してしまったという負い目を感じる。そうなると、よけいに本社を納得させるだけの報告というもののハードルが上がってしまう。
本当にどうにもならない状況ですね。
そんなわけで【極限状況に陥った人は、相談できない】のだ。
いじめやパワハラなどで極限状態に立たされた人の報道でこんなフレーズをよく聞かないだろうか?
『彼/彼女は周囲に相談できる人はいなかったのか……』と。
あ!? そういうことですか!
相談とは結構な負担なのだ。
「背景を知らない人を説得し、金銭負担を伴う協力を引き出せるほどの論理的かつ納得感のある状況レポート」と言い換えるとどうだろうか。
忙しくて課題があふれているときに、そんなことをするだけの頭は回らないと思います。
自社も状況を把握しておらず、相談をする余裕もなく、結果的にはジリ貧となり病んでしまう。
これが、客先常駐がブラック化しやすい要因の一つだ。
客先常駐はやっぱりブラックなのか
こういう怖い話を聞くと、やっぱり客先常駐は避けた方が良いと思います。
いや、結局、どのように利用するかによる。デメリットやブラックな部分をうまく対策すれば、とてもいい経験が出来る場になるはずだ。特に、上流工程でスキルアップしたければ客先常駐は必ず通るべき道でもある。自分のキャリアを作り上げるために上手く客先常駐の経験を使おう。
デメリットにはどのように対策すればいいのでしょうか。
誰に見せるわけではなくとも、日報を常に書いておくのが良いと思っている。
その日に起きた問題や事象などを整理しておくと、先の見通しをしたり本社に報告する際の工数が非常に少なくて済む。
何か起きた時、援軍を頼みたいときのレポートを予め作っておくイメージだ。
転ばぬ先の杖ということですね。
あと、たとえ自分の能力不足が原因で問題が出たとしても、助けが欲しいときは助けが欲しいと、堂々と言うことだ。この考え方は多くのSEを救うはずだ。見積もまあ、精度不足覚悟ででっち上げるという割り切りも時には必要だ。
そして、結局援軍が来なかったときは逃げ出すという選択肢は持っておく方が良い。もう終身雇用という時代でもないから、逃げるのも立派な自己防衛の一つだ。
なるほど。「顧客と協業してプロジェクトを進める経験」という上流工程のメリットを拾いつつ、ブラック化したら自分が出来る範囲で対処し、助けが得られなかったら逃げても良いという意識を予め持っておけば、気が楽になりますね。
そういうことだ。客先常駐だからと言って極端に回避せず、メリットを上手く拾う働き方をするのがいいだろう。
顧客要件を理解し、顧客と協業して何かを作り上げる経験というのは、貴重で替え難い、大きなメリットをあなたの仕事人生にもたらす。
それでは本日はここまでにしよう。
ありがとうございました。