給与明細の天引き額にばかり目が行っていないか?
はあ、今月も残業ばっかりだったなあ。
でも今日は給料日だ。社内メールBOXに給与明細が配信されてるぞ。
今月の手取り:19万円
19万……。あんなに残業して19万……。
うう……なんか所得税とか住民税とか厚生年金とか引かれ過ぎ!!
こんなんじゃやってられないよ。
この天引きされてる分って、なんとかならないかな?
キーボードかちゃかちゃ……
ペンちゃん、脱税でもするつもりか。
うわっ、びっくりした。みる子さんどっから出てきたんですか。
納税は国民の義務だぞ。
そんなことを検索したら税務署のおじさんが来るぞ。
税務署のおじさんはそんな暇じゃないですよ……。
まあ、総支給額から厚生年金や住民税、所得税といった天引きがされた後の手取り額を見ると、なんとかこれらの天引きを圧縮できないかと考えるのはわかる。
ですよね。総支給額が満額もらえれば、だいぶ生活も楽になりますよ!
ところで厚生年金などは「標準報酬月額」に「保険料率」をかけて計算される。
厚生年金の保険料率を知っているか?
いえ……。
君の給与から、18.3%をかけた金額が、日本年金機構に収められるわけだ。
18.3%って、2割じゃないですか!ぼくの給料から2割も天引きされてるんですか!?
まあ、そうなんだが、そうじゃない。
落ち着いて給与明細をみてみろ。厚生年金のところは2割もの金額になっているか?
あれ、そうでもないですね。2割っていうか……1割?くらいですね。
厚生年金保険料は会社との折半というルールになっているから、1割はペンちゃんが、1割は会社が支払うわけだ。
うう……1割でも大きいですよ……。
あと、「標準報酬月額」というのは何なのか知っているか?
いえ。給与明細の総支給額とは違うんですか?
標準報酬月額とは、毎年4月から6月の給与総支給額を平均した値のことだ。
これに保険料率を掛けた金額で、社会保険料が支払われるわけだ。
4月から6月の残業が多いと、標準報酬も高くなってしまうぞ。
うわあああ、5月あたりに新入社員の子のフォローでめっちゃ残業したかも……。
残念だったな。たくさん社会保険料を納めて、日本の年金制度を支えてくれ。
みる子さん、税金とか社会保険料とかなんでこんなに高いんですか!?!?
払わずに済む方法ないんですか!?
あるわけないだろう。
納税は国民の義務だ。
国も、国民には気持ちよく払ってもらいたいと願っているぞ。
そんな~~~~~~~~~~~
年金だってちゃんと納めないと将来困ることになるぞ。
まあ日本の年金制度は先行きが不安だから、ちゃんと確定拠出年金なども使って老後に備えよう。
とほほ……。でも、天引きされた金額の大きさを見ると、やっぱり気分が下がりますよ。
ふむ。ペンちゃん、それは見るべきところが少し違うんじゃないか?
見るべきところ?
天引きされた金額を見て、なんとかこれを圧縮できないか調べる……。
それは年収が上がらない人の行動だ。
ええーっ。どういうことですか?
見るべきは天引きされた金額などではない。
その金額はほぼ10割、国民の義務として引き落とされているもので、正規の方法では圧縮不可能だからあきらめろ。
それより、見るべきは総支給額だ!
総支給額?
そうだ。一般の労働者は、給与明細の目に見える天引き額に注意を取られがちだが、そもそも総支給額こそが天引きされまくった後の数字なんだ。
給与明細に載っている天引き額などどうでも良い。まずは、総支給額の裏に隠された膨大な天引き額を見抜かなければならない。
おおお、膨大な天引き額……?
総支給額の裏側を看破せよ
ところで、プログラマーの月単価はいくらかを知っているか?
言語にもよりますが、だいたい60万くらいですね。
そうだ。そして、上流工程を担当するシステムエンジニアであれば更に高くなり、80万~120万などの価格帯になる。
高単価で有名なパッケージソフトの上流工程エンジニアでは、250万とか300万とか取っている場合もある。
まあ、ここまで行くとバイリンガルであるとかビジネス要件を理解しているとか、いろいろ条件は付くのだが。
雲の上の世界ですね……。
いや、IT業界の天井はまだまだ上だけどな。
とはいえ、とにかく上流を目指すだけでも単価アップにはつながる。
ところで、ペンちゃんの単価が仮に60万円だとすると、なぜ満額が入ってこないかわかるか?
実はよくわかりません。どうして半分すら手元に残らないんでしょう?
シンプルに中抜きされているからだ。
ただし中抜きがすべて悪いとは言わない。商流上、正当なマージンをとる場合もあるからだ。
世の中では原発の作業員などのように、多重下請が問題になっている話もよく聞くと思うが、いったん図に商流を整理してみよう。
ペンちゃんの会社は、プライム(一次受け)ではなく三次受けの会社となっている。プライムほどの信用、実績、下請を含めた人員調達力などが確保できない会社は、案件獲得力が低いので、プライムの下について仕事を遂行する。
ペンちゃんの会社は複数部署があり人数もそこそこいるが、その規模では大型案件のプライムになることは難しい場合もある。
なるほど。でも、今の現場では、プライムの会社からプロジェクト管理者が来ていますが、二次受けの会社の人なんて見たことないですよ。
そういう場合もある。プライムほど大きな会社になると、取引可能な会社にも規模や実績に基づく一定の制限がある。つまり、三次受けにとっては直接取引できない会社となる。
しかし、商流上で一社を間に噛ますことによって、案件に参加させることが出来るというわけだ。
なるほど……。この二次受けの会社というのも、意味のあるポジションなんですね。
さらにこの図に、お金がどのように動いているかも書き加えよう。
ええええ、なんですかこれ。
左側のフリーライダーズってなんですか!?
コストや労働を負担せずに利益のみを享受する 者のことを指す経済学の用語。
通常、財やサービスの便益を受ける者は対価を支払わねばならない(排除性)が、 公共財は対象者を限定しない(非排除性)ため、誰かが費用を負担すれば、 負担していないものを便益を受けられ、ただ乗りが発生することとなる。
転じて、会社で働きもせず給料だけもらっている社員のことを指したりもする。
会社勤めの人々は、常に働かない者達の負担を強いられているのだ。
とくにフリーライダーの高齢化が最近は問題だ。第二の年金制度と言えよう。
パフォーマンスの高い人がパフォーマンスの低い人のフォローをし、どんどん疲弊している。
そういえば、定常業務しかやらない爺さん社員がいたかも……。
若いころから一つのシステムの保守だけやって平和に働いてきたが、システムの老朽化でリプレースされた結果、行き場をなくしたパターンとかだな。
この業界は移り変わりが激しいから、年を取ってから新しい技術体系を身に着けるのは大変だ。
ぼくの単価の大半が、こういう人たちに取られてしまっているのですか?
ペンちゃんのような働き方をしていると、自ずとこのような分配構造に組み込まれてしまうぞ。
「すべての従業員が安心して働けるように」なんていうお題目のもとに、めでたくペンちゃんの単価はこういう者達に分配されていくわけだ。
他にもプライムとか二次受けの会社も、お金を取って行っていますよ。
まあ、その辺りは仕方ないな。商流上、取っていい立場にいるからだ。
プライムはともかく、二次受け会社は労働力を供出してるわけでもないのに、中抜きだけしていってますよ。
二次受けの会社の人なんて現場で見たことないです。
そうだな。たしかに三次請け会社にとっては悔しく、苦虫を噛む思いだろう。
だからこそプライムと直接取引できるようになろうと、ペンちゃんの会社の上層部は日々頭を捻っているのではないかな。
なんだか納得いきません……。
まあ気持ちはわかる。ITエンジニアの売り単価は意外と高いこと、そしてそれが実際の労働者には大して行き渡らないことというのは、初めて聞く人には意外に映るものだ。
ところで、なんでペンちゃんの手元に来るまでに半分以上が吸い取られているのか、理由はわかるか?
間で抜かれすぎているからでは?
まあ、現象面だけ見るとそうなんだが、もう少し本質的な理由がある。
本質的な理由?
最初の売単価の60万円、というのは、そもそも、ペンちゃんの労働そのものの価値に対してつけられた値ではないからだ。
おお……?難しいです。くわしく教えてください。
言い換えると、「ペンちゃんが働きました。その結果として60万円の価値が付きました」という性質のものではないということだ。
ペンちゃんがこの仕事を請け負うかどうかは、この60万という値付けと全く関係がない。そして値付けは見積もりフェーズの時に既に決定している。
システム構築においては、まず上流工程者が顧客要望のヒアリングを行い、 どのような機能を構築するのかをざっくりと構想する。
小規模程度の開発であれば、構築する機能の詳細レベル(想定Step数)までブレークダウンして見積もってしまうが、大規模開発では見積フェーズ自体に複数段階を設けることもある。
SIer企業においては(もちろん会社にもよるが)、担当SE間で見積金額が乖離しないように、 Step数当たりの金額まで規定されており、エクセルの見積書にステップ数を記入すれば 簡単な関数で金額や工数まで算出されるようになっている。
つまり、下流工程で誰が担当するかなどに関わらず、すでにその機能は値付けされている。
その価値は、プライム会社が顧客企業に提案・提供した便益に対する値付けなのであって、
プログラマー単価というのはプライムが確保すべき粗利を含んだ売価なのだ。
でも実際に動くプログラムを作っているのは、プログラマーですよ。
上流工程から見れば、下流工程の担当者は既に決められた実装をするに過ぎない、という考え方だ。
そして、担当するのは別にペンちゃんでもペンちゃんでなくても構わない。
仮に多少品質の足りないプログラマーを引いてしまった場合でも、上流工程者による受入検収時にチェックして直させればいいからだ。
要するに誰でもいい。
なるほど……代替可能な労働力は、中抜きをされる運命にあるわけですね。
そういうことだ。そういった状況から脱却するには、いくつかの方法がある。ここでは3つの方法を紹介しよう。
2.会社に対する価格交渉力を上げる
3.フリーランスになる
まず1つ目の「IT系資格を取る」というのは?
IPAの基本情報技術者などの資格を取ることだ。
これは会社にとっての価格交渉力を上げることができる。プライムなどとの価格交渉の際、資格持ちであることを根拠として数万程度アップさせることが出来る。SIer企業は、基本情報の取得を推奨しているな。
ただ一方で、相応の難易度の資格でない限り、単価の上げ幅自体はさほどでもないので、それがペンちゃん個人にちゃんと還元されるかは微妙だ。
次に、2つ目の「会社に対する価格交渉力を上げる」とは何でしょうか。
「ペンちゃんにしかできない仕事」があるとき、つまり希少性があるとき、自分の会社へ対する価格交渉力は一気に上がる。
社内のフリーライダーズへの分配をなくせと要求することが出来るからだ。
人材価値に希少性を持たせる方法については、「年収アップのカギは「マルチスキル(多能工化)」」で紹介している。
とはいえ、会社組織である以上、常識の範囲を超えて短期的に一気に収入が上がることは期待しづらい。
そして最後に3つ目は「フリーランスになる」ですね。
これはわかりやすいです。間の中抜きがなくなり、そのまま自分にお金が入ってくるようになりますから。
まあ、実際には3つ全部やれば中抜きはなくなるだろうな。
資格も取って、ペンちゃんにしかできない仕事を身に着けて、フリーランスになるか転職をする。
こうすることで中抜き構造から脱出ができるということだ。
なるほど、みる子さんの言いたいことがわかりました。
何も考えずに働いて、漠然と会社に対して昇給を期待しているだけだと、給料は上がらないということですね。
そうではなくて、これらの中抜きをいかに排して売価に近いお金を得るか、あるいは売価そのものを上げていくかを考えるのが大事ということです。
そういうことだ。さて、そこまでわかったら最初の議論に戻ろう。
何の話でしたっけ。
ペンちゃんは給与明細を見て、どのようなことを考えていたかな?
あー、なるほど!
天引き額ばかりに目が行っていて、総支給額を引き上げることに気が付いていませんでした!
総支給額を引き上げるマインドに切り替えよう。天引き額なんてどうでもいい。
最初に言ったように、税金や社会保険料というものは、好む好まざるにかかわらず、国民の義務だ。
目に見える天引き額に目が行きがちだが、そんなものを圧縮しようとすること自体が貧乏な行動だ。
そんな暇があるなら、どうやって総支給額を伸ばすかを考えることのほうが、よほど重要だ。
総支給額って、年次で少しずつ上がっていくのを期待するしかないものだと思っていました。
日本人の感覚だと、会社に価格交渉すると、なんとなく不利な立場に立たされたりするかもなんて思って、尻込みしますよね。
たしかにな。しかし、自分で勉強するなりして高い人材価値を獲得した人は、会社に対して価格交渉もするし、給料が上がらないとわかったらさっさと転職する。
一方、なんとなく働いているだけの人は、気が引けて価格交渉なんかできないし、実際やったとしても会社からの印象を悪くして終わるだけだろう。
なるほど。結局、自分で意識して働き方を変える必要があるということですね。
そうだ。20年後にフリーライダーズに仲間入りするか、一線級のプレイヤーとして活躍するかは、給与明細の総支給額を上げていく意識があるかどうかで決まる。
それでは、今日のところはここまでにしよう。